洞窟へ行こう

書いたやつ:周摩


「はぁー……」

「ファイトさん、気を引き締めてください」

 そんな事を言われても、ため息というのは意識しなくても出るものだ。
 社長(ひばり)の作戦に不満がある訳じゃない。
 だとしても、だ。

「この状況で気を抜けるはずがないだろ」

 見渡す限りのどす黒いオーラ。
 それを纏い、静かにたゆたうのは周囲を埋め尽くすほどの死霊の数々。
 未だ動きはないが、それらが一斉に動き出したとあれば多勢に無勢だ。

 じめじめと湿度の高い洞窟内は蒸し暑く、不快指数がやたらと高い。
 さすがに苛立ちから心を乱すほど幼くはないが、ため息の一つくらい許して欲しいものだ。
 幾らなんでも絶体絶命すぎる状況なのだから。

「なぁ、社長」

「何か?」

 背後から社長の静かな声が聞こえてくる。
 状況が状況だけに背中合わせとなっている訳だが、本当に同じ状況に置かれているのかと疑うほどの冷静さだ。
 ただでさえ変化の乏しい社長の表情でも、乏しいなりに必要なものだったと再認識する。

 口を開く前に、地鳴りのような轟音と共に洞窟全体が小さく揺れた。
 天井からぱらぱらと剥離した埃や小さな岩の欠片が降り注ぐ。
 地震の類ではない。
 思い当たる節はいくつかある。

「ポラ子か?」

「ポラリスさんですかね?」

 予想が一致した。
 やはりというかなんというか。

「どうやら上手くやってくれているみたいですよ」

「みたいだな」

 社長の提案により、他のメンバーはそれぞれ個別のルートで洞窟奥へと進撃している。
 現状の俺たちのように相当量の死霊たちに囲まれてはさすがの彼らも手こずるどころか命が危ない。
 故に死霊どもの戦力を分散させておいて誰か一人でも最奥の『黒幕』に辿り着けるようにする、というのは大雑把ながらも理に叶っている。

 先ほどの振動について、俺はポラ子のヤツが無数の神話武器を具現化させて、やたらめったら雑に扱った結果だろう、と予想した。
 どうにも社長も似たようなものだったらしい。
 別に考えが似ている訳ではない、それぐらいの事をやるのはあいつを置いて他にいないからだ。

 虹夜兄は『邪神』と呼ばれるような存在すらも召喚する術を持つが、それはあくまで準備の整った状況を作り出しての事だ。
 迎え撃つ場合ならばともかく、黒幕を目指して進撃しなければならない今回のような戦いでは、虹夜兄は『鎖や紐でがんじがらめに巻きつけられた妙な本』で肉弾戦を繰り広げているのだろう。

 ノメァ嬢はあくまでも現実的に戦うプリーストだから、お互い真っ先に候補から外したようだ。
 本当にプリーストなのかと疑いたくなる時があるのはさて置くとして。

「それで、何なのです」

「ん?」

「先ほど何かを言いかけたでしょう」

 確かに言いかけたのは俺だが、まさか向こうから話しかけて来るとは思わなかった。
 やたらと静かだったのは、何が死霊どもを刺激するか分からない状況で無駄なお喋りをするのを嫌っているものかと思っていたが。

「……この状況を覆す策はあるのか、って事さ」

「………………」

 いらえはない。
 聞こえなかったのかと思ったが、辺りは不気味なほどに静まり返っているこの状況で聞き落とすなんてありえるだろうか。

「……ありませんよ」

 たっぷり十数秒を掛けて、社長は呟くような声量で言った。
 それは十分に俺を脱力させるものであったが、それは心の中だけに留めておく。
 隙と見られて死霊どもに襲い掛かられてはたまったものじゃない。

「ないのかよ……、どうするんだよ」

「覆す必要がありますか? このまま睨み合いを続けていれば三人の誰かが黒幕をぶち抜いてくれます」

「消極的だなぁオイ。俺の性には合わないよ」

「私たちは囮です。許しませんよ」

 語気がわずかに増した。
 身体は華奢な癖に、社長は時折どこか力のある声を出す。
 不思議とそれには逆らう気は起きない。

「お、――」

 再び、揺れた。
 先ほどとは比べ物にならない衝撃。
 どうにもポラ子のテンションがだだ上がりしているらしい。
 なんて迷惑な。

 それが直接の契機だったのか、はたまた積もり積もった結果か。
 たゆたうだけだった死霊どもが動き出した。
 ポラ子め、なんて迷惑な。

「覆す必要が出たみたいだぜ社長ォ」

「………………」

 死霊どもは時計回りにぐるぐると規則正しく旋回し出した。
 数が膨大すぎるせいか、それは黒々とした竜巻のようにも見える。
 しかしそれらがじわじわと距離を詰めている事は間違いない。
 このままではひき潰されるのが落ちだ。

「……おい?」

 俺は知恵働きが得意ではない。
 そういうのは社長の仕事だ。

 だが、その社長が何も策を出さないとはどういう事だ。
 まさか本当に諦めてしまっているのか。

「――ふう、最終手段です」

 小さいため息と共に、社長はついに口を開いた。

「よっぽど良い策なんだろうな?」

「ぶち抜けば どうとでもなる 力技」

 皮肉交じりに聞いたのがまずかったか、ひどく感情のこもっていない声で返された。
 いや、もしかしてあれは素か?

「ここまで来たら小細工なんて必要ありません。力で切り抜けましょう」

「社長らしくないな。勝算はどれくらいだ?」

「さぁ?」

「さぁ、って……」

 いくらなんでもあんまりな答えに、思わず俺は振り向いていた。
 本当に自棄になっているのならぶん殴ってでも正気に戻さなくてはならない。
 そう判断したからであったが。

「あなたの力を梃子(てこ)に戦況をごろっと動かしますので。不服ですか?」

 とっくに社長はこちらを向いていた。
 そして、その口元にはわずかながらの笑みを浮かべて。
 どこかそれは『小悪魔的な』笑みのようにも見える。

「……梃子、ねぇ」

 俺自身がどれだけ活躍するかによって勝率が変わる、という事だ。
 それはつまり試されている事に他ならない。

「いいさ、任されたぜ!」

 バキ、と指を鳴らす。
 望むところだ。
 我ながら単純だとは思っているが、あれだけ挑発されてしまって背を向けるのはいささか以上に気が引ける。

「俺は掌破の道を生き、」

 俺は知恵働きが得意ではない。
 そういうのは社長の仕事だ。

 では俺の仕事とは?
 否、問うまでもない。

「――掌破を司る男!」

 狭まっていく死霊どもの渦が、我が掌破の領域に這入りこんだ。
 それは開戦を告げる鐘の音である。

「さぁさぁ! 消えたい奴から掛かってこい!!」

 手始めにどす黒い渦へと掌破をぶち込み、おそらく今日一番の大舞台の幕が開けた。

  • 最終更新:2014-11-18 23:28:58

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