嵐のごとき女子恒星

書いたやつ:月実周摩


 嵐というのは唐突にやってくるものだ。
 ただの嵐ではなく、星の嵐と言うべきか。
 アヴニールは自室でゆったりとした休日の午後を満喫していたところで、そう思い知らされた。

「ハロー! あめちゃんだよー!!」

 どたばたと足音を響かせて扉を開け放ったのは両手で大きな籠を抱えたポラリス・エイムズだ。
 彼女がこうして突然やってくるのはそう珍しいことではない。

「こんにちはポーラちゃん。どうしたの?」

「見て見て! シマさんからいっぱいあめちゃんいただいちゃったの、一緒に食べよぉー!」

 籠の中にはカラフルな包装紙の飴が山盛りである。
 甘いものが好きなアヴニールにとっては多少なりとも頬が緩む光景だ。

「ありがとうポーラちゃん。その、シマさんにもお礼しなきゃね」

「ん? いーよいーよ。シマさんは気づいてないだろうし」

「……もしかして黙って持ってきちゃった?」

「イッエース! でもドンウォリー、シマさんはあめちゃんたくさん持ってるから問題ナッシン!」

 いただいた、とはそういう意味か。
 結局は無断ということらしい。
 そして大丈夫と判断した理由が限りなくアウトに近いと思う。
 彼女の言う『シマさん』がどんな人か見たこともないが、やっぱりポラリスは怒られるんじゃないだろうか。

「後でちゃんと謝ったほうがいいと思うよ……?」

「ニールは心配性だなぁー」

(この調子だとたぶん怒られるんだろうなぁ……)

 相変わらずポラリスはけらけらと笑って手を振る。
 アヴニールの心配をよそに、ポラリスは鼻歌すら歌って笑顔を見せている。

「実はこれね、一個だけ当たりつきらしいの。もともとパーティ用だったんだって」

「ロシアンルーレットだね。でも二人でこの量は……」

「平気平気、わたしいくらでもいけちゃうから!」

 やけに自信満々に言い放つポラリスだが、いつもの健啖ぶりを思い出せば本当に無理がなさそうだから困る。
 時間がかかりそうではあるものの、幸いにも今日は特に予定がない。

「ふんふーん、これにしよっと」

 やたらと嬉しそうに吟味したポラリスは包み紙を荒っぽく破って飴を口に含んだ。
 ころころと舌の上で転がしている様はどこか小動物的で愛らしい。
 アヴニールも飴の山に向き合うが、カラフルな包み紙からは中身が何味なのか検討もつかず、結局は運任せに引くしかない。

「うわっ……な、なにこれ! 辛い!?」

 口元を押さえつつ、アヴニールは味の正体を確かめようとする。
 ひりひりと舌が痺れる感覚で分かりづらいが、どうにもこの辛さには覚えがあった。

「……唐辛子だ」

「へぇー、ハズレっぽいね! というかハズレだよねそれ!」

 とても嬉しそうにポラリスが笑っているが、アヴニールとしては洒落にならない。
 飴といえば甘いものという先入観があってこその強烈な不意打ちである。
 多少マイルドとはいえ完全に眠気が吹き飛んでしまう。

「うう……、こんな飴あるんだ……」

 しかしアヴニールは決して飴を吐き出さない。
 食べ物を粗末にしてはいけないのだ。

「本当にイカれたものが多いね。これとかさー、バーベキュー味だったよ。意味わかんない。ちくしょうシマさんめ、普通ハズレは一個っきりだろうに。当たりを探すゲームだなんて聞いてないよ!」

 そうは言ってもなんだかんだでポラリスは楽しそうである。
 よくよく見れば彼女の手元には開封された包装紙が散らばっていた。
 アヴニールが辛さに悶えている間にいくつ食べているのか。

「ちなみにここまでゆで卵味、もずく味、鯵味、バーベキュー味だよ」

「ここまでハズレ感が漂うハズレもそうないんじゃ……むしろ普通だったら当たりのほうだよね!?」

「うぐふ……、なんだこれイカスミ味だよ!?」

 苦い表情のポラリスからガリゴリという音が聞こえてくる。
 じゃりじゃりと咀嚼しながら新たな飴を摘んでいた。

「ポーラちゃん、舐めずに噛んでる?」

「うん。飴は舐めるより噛んだほうがいいって聞いたから」

 包装を剥がして、ポラリスは飴玉を口の中に放り込む。
 舌の上を転がす間もなく顎が動き、豪快に飴玉を噛み砕いた。
 いくらなんでも早すぎる。

「小松菜ー」

「……噛むの禁止にしよう?」

「ホワァッツ?」

「だってポーラちゃんだけ引きすぎだもん。ずるいよ」

「んー、オーライ! じゃニールも噛……」

「ダメだってば」

 少しだけ強めに断ると、ポラリスは頬を膨らませて頷いた。
 とはいえ彼女は本当に不機嫌になったわけではないはずだ。
 彼女の感情表現はやや古典的かつちょっと大げさなところがある。

 ややあってアヴニールはようやく唐辛子味の飴玉を舐め終わり、ようやく次の飴に手を伸ばす。
 ここに至るまでに一度だけ牛乳を取りに部屋を出たが、どうやらポラリスはズルをしていなかったようだ。
 ちゃんと噛まずに舐めていたらしい。

「ようやく二個目だよ。えっと――」

「ぎえー、苦い! これ苦いよニールぅ!」

 新たな飴を口に放り込んだポラリスが唐突に叫びだした。
 強い苦味のある飴らしいが、両手で口を押さえて涙目のポラリスはそれでも吐き出そうとしなかった。
 どうやら食べ物を粗末にしないのは彼女も同じらしい。

「これ……コーヒーだよぉ!」

「ブラックなんだね」

「無理だよぉ! わたし、コーヒーにはお砂糖とミルクないと無理なの!」

「……でも、噛んじゃダメだよ?」

 実に絶妙なタイミングでハズレを引くものだと感心するが、約束は約束だ。
 彼女は必死にミルクで中和しようとするが、計画性のないがぶ飲みによりコップの中身は簡単に乾されている。
 さすがに可哀想なのでおかわりを持ってきてあげよう、とアヴニールが新たな飴玉を口に入れると、

「……あれ、甘い? これって普通のはちみつ味?」

 奇妙な飴しかないと思っていただけに非常においしく感じられる。
 かなり普通ではあるがここまでのラインナップを見る限り、これが『当たり』なのだろうか。

「リアリィ!? それ当たりだよ、きっと!」

 頬を膨らませて、ポラリスはバシバシとテーブルを叩いた。
 ちょっと声が控えめだったのは口の中で苦味を発揮しているコーヒー味(ブラック)のせいだろうか。

「ねーねーニール、チェンジプリーズ」

「え? チェンジって――んんっ!?」

 アヴニールの言葉が途切れたのはその口が塞がれたからだ。
 それも、ポラリスの唇で。

「――~~~ッ!? ッッッ~~~~~!?」

 柔らかい唇の感触を知覚できたのはそれが離れた後だった。
 一瞬の出来事で何がなんだか分からなかったが、唇が触れ合った事実を理解できた瞬間に心臓が跳ね上がった。
 顔がとても熱い。

「あー、ほんとだあまーい!」

「え?」

 苦い苦いとコーヒーキャンディを舐めていたはずなのに甘いとは。
 状況が飲み込めないアヴニールをからかうように、ポラリスはべーっ、と舌を出してその上の飴を見せ付けた。
 とてもコーヒーっぽさのない黄金色だ。

「えへへー、どう? それ苦いでしょ?」

「……、」

 確かにコーヒーの味がするし苦いのは苦いのだが、あまり味が分からない。
 口の中で転がっている飴は少し溶けていて小さくなっていた。
 あの一瞬の内にすりかえるなんてどこでそんな技術を身につけたのか。

 結局、少し温かく感じる飴玉を口の中に入れたまま正常な思考などできるはずがない。
 今はただ一刻も早く飴玉が溶けてくれることを願うばかりだ。

「………………」

「………………」

 二人とも言葉を発さなくなった。
 アヴニールは気まずさと緊張から、ポラリスは久々の甘さを堪能しているからだ。
 しかしわずかでも時間が得られたのはアヴニールにとっては幸運だった。

 ようやく落ち着いてきて、口の中にブラックコーヒーの苦味を感じられるようになってきた。
 確かに苦いが、彼女が言うほど苦い気がしない。

「……あっ」

「? どしたのニール?」

「甘い……?」

 舌の上を転がしていた飴玉が溶け、その中から新たな感触の層が姿を現していた。
 ざらざらとしたその層は明らかに甘い。
 この柔らかな甘さ、そしてコーヒー味であることから、この層はシロップの役割なのだろう。

「リアリィ!? そんな仕掛けがあったなんて!!」

「これも一応当たりになるのかな? あ、でも外は苦いし当たりでもハズレでもないのかな?」

 わなわなと震えるポラリスは勢いよく立ち上がり、アヴニールの肩を強く掴んだ。

「――ニィィィィィーーーーーーーーーール!!!」

「はいっ!?」

「また取り替えて!!」

「はいいっ!?」

 また取り替えて?

 また、ということはさっきと同じことをもう一度?

 唇と唇を?

「むっ、無理無理無理!!」

 一瞬で顔を赤くしたアヴニールは慌てて逃れようとするが、ポラリスの力は強い。
 このままではさっきのリプレイは時間の問題である。
 不意打ちならともかく、宣言されてからのアレはとてもマズい、気がする。

「ッ……!」

 覚悟を決めたアヴニールは奥歯にぐっと力を込めて、飴玉を噛み砕いた。
 ガリッ、という音はポラリスにも聞こえたらしく、驚いた様子で目を瞬かせている。

「か、噛んじゃった……ごめんね」

「ニールぅ! ニールが約束破っちゃダメだよ、もー!」

 頬を膨らませて、ぐらぐらとアヴニールの肩を揺らしてくる。

 しかし、これで危機は去った。
 あの絶体絶命の状況は覆したのだ。
 コーヒー味はイレギュラーだとしても、当たりは既に抜かれている。

 今後こういう状況は訪れないはずだ!
 と、思っていたのだが。

「……でも、破片でもいいからちょっと舐めさせて?」

「えっ」

 いともたやすく訪れてしまうのは何の試練だというのか……





嵐のごとき女子恒星 - 完

  • 最終更新:2016-09-08 23:43:54

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