オムレツの話

書いたねこ:桜林囃子








「時に、ファイト様」
 オーランは真面目腐った顔で言う。
「ファイト様は以前、料理に掌破――気功を込めようとしたことがあるとか、ないとか」
「うむ」
 ファイトもまた、大真面目に返答する。
「料理――それも掌破の大いなる可能性の一つだからな」
「分かります」
 オーランは自分の調理器具を並べ始める。
 丹精に手入れされたそれらは、出番を今か今かと待っているようにも思えた。
「そこで私からお願いが」
「ん?」
「新しい調理法のお手伝いをお願いしたいのです」



「いっただきまーっす!」
「待って、ポラリス、今全部切っちゃうから」
「ハリーハリー!」
 テーブルに乗っているのは巨大なデザートピザであった。
 チョコレートとナッツのソースの上にこんがりと焼けたマシュマロが溶けている。
 それをノメァが丁寧に切り、ポラリスとアヴニールに取り分けた。
「今度こそいっただきまーっす!」
「いただきまーす」
 食べながら、三人の視線は自然と厨房に集まっていた。
 そこには衝立がしてあり、達筆な字で「試作品調理中。入るべからず」との札が下げられている。
「何作ってるのかしら。ニール、知ってる?」
「ううん」
 アヴニールは首を横に振る。
「でもさあ」
 ポラリスはチョコレートを唇につけながら、うっとりと目を輝かせた。
「オーランの料理だよー? 何が来ても美味しそう!」
「確かに、謎の安心感があるわね」
 三人はそれぞれに思いを馳せる。
「あれ美味しかったなあ、ビーフシチュー! なんだっけ、だんぷりんぐ? 焼き団子みたいなのが乗っててさ」
「私は麺料理が美味しかったわ。米粉っていうので出来てるって言ってたかな。ニールはどう?」
「僕はオッソブーコかな」
「……パードゥン?」
「オッソブーコ。甘いものならシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテが美味しかったなあ」
「……」
 ポラリスとノメァは顔を見合わせる。
「ニールってば、難しいこと言うんだね」
「む、難しいって……オーランが言ってた料理名まんまだよ」
 テーブルの上のピザがすっかりなくなったころ、「そういえばファイトは?」と疑問が上がった。
「あ、そういえば見てないわね……朝からかしら」
「ふらっと居なくなっちゃうのは今に始まったことじゃないけど」
 彼の身の心配しているわけではない。
 オーランの新作料理を食べ損ねることを心配しているのだ。
 ファイトはちょっとやそっとで死ぬような人間ではないので。
「夕飯までには戻ってくるでしょ」
 と、ノメァが笑いながら言った直後、厨房から「ずどん」としか表現出来ない不穏な音と振動が響いた。
 穏やかだった三人の顔が驚愕に歪む。
「な、なんだろう、今の……」
「大丈夫かしら……!?」
 まるで大量の火薬に火がついたような音であったが、火の手が上がるわけでもなく、その後は不気味なほどに静かであった。
「見に行ったほうがいいかな」
 アヴニールがおずおずと提案するが、「でも入るべからずだから……」とノメァは渋る。
「オーランなら大丈夫という謎の安心感が……」
「あるあるだね……」
 結局三人は見守ることで落ち着いた。



「ファイト様。申し訳ございませんが、少し力を抑えていただいてもよろしいでしょうか」
「おう、了解だ」
 ファイトの纏う気功はオーランの目では捉えることが出来ない。
 しかしソレは確実に存在しており、その証拠に今しがた詰まれていたジャガイモを吹き飛ばしていた。
 ――ままならぬ。
 オーランは目を細めた。
 知り合いにも気功使いは幾人も存在する。
 しかし、それらとはやや趣が異なるのがファイトであった。
 ――だが、それ故に腕が鳴る。
 オーランは次のフライパンを温めながら、卵を割った。
 卵黄と白身を丁寧にわけ、卵白を硬めに泡立ててメレンゲにする。
「オムレツっつーのは、もう少し楽なものだと思っていたんだが」
 ファイトがボウルを覗きながら言う。
「確かに、一般的なプレーンオムレツでしたら、黄身と白身を分ける必要はありませんし、全ての材料を混ぜて焼き上げるだけです。ですが、全ての基本動作が問われますので料理初心者が腕の上達の為に只管作る料理でもあります」
「ほー。しかし、これは」
「ええ。これは一般的にスフレオムレツと呼ばれるタイプのオムレツです」
 オーランは既に焼きあがったそれを見る。
 ふんわりと焼きあがった半月状のオムレツは、満足な出来上がりでは無かった。
「このふくらみの秘密は、卵白で作ったメレンゲにあります。メレンゲは空気を含ませて作るもので、生地に混ぜ込むことで膨らむのです。スポンジケーキの食感も同じです」
「ふむ」
「私は、」
 言葉を切り、オーランはぐっと拳を握る。
「ファイト様の気功のエネルギーをこのメレンゲに混ぜ込み、掌破オムレツを作り上げたい。そう思うのです」



「うっ……今、ちょっと寒気が」
「えっ。ポーラちゃん、大丈夫?」
「ドントウォーリー! でもいったい何だったんだろ? オーランから元気の出るものを作ってもらおうかなあ」



「その意気やよし」
 ファイトはにやりと笑い、ぐっと両手を握りこむ。
「で、俺は本当に立っているだけでいいのか?」
「はい。ポラリス様によりますと、ファイト様は常に気功の呼吸で過ごしておられるそうですから。そのまま、自然体で。先ほどのように力まれますと私も力の方向を把握しかねますので」
「分かった」
 オーランはメレンゲに向き直る。
 含ませる空気が多くても少なくても上手く膨らまない。
 それに気功が加わっているのだ、いつも以上の繊細な作業が求められる。
 オーランはまるで高価な美術品を扱うかのように泡だて器を動かした。
 下手をすると爆発が起きる。
 そうでなくても繊細なメレンゲだ、集中力がものをいう作業だった。
「……ふむ」
 目標の硬さに到達し、オーランは手早く卵黄を加えてかき混ぜる。
 塩と胡椒を加え、熱していたフライパンにバターを入れ、生地を流し入れるとやっと一息吐けた。
「今回はどうだ?」
「ええ、期待できそうです」
 ここまでは何の問題もない。なさすぎるほどだ。
 ふつふつと表面に泡が出来始め、オーランはそっとフライパンに蓋をした。
 一つ前の試作品では、この時点で気功を閉じ込めることに失敗してしまった。
 今回は焼き上がりまで上手く保ってくれることを祈ろう。
「そういえば」
 ファイトは首を傾げる。
「出来上がったらどうするつもりなんだ、オーラン」
「はて」
 オーランはその太い首を微かに傾げた。
「挑戦するばかりで、その後のことを考えてはいませんでした」
「おいおい」
「しかし、新たな食の開拓になれば、新メニューとして出すつもりです」
 ――それにはまず、成功しなければならない。
 長年の勘から導き出された最高の火入れの加減を見極め、オーランは蓋を開けた。
 湯気と共にバターのいい香りが立ち上る。
「おお、さっきより美味そうだ」
「ええ、これは成功と言っていいでしょう」
 スフレオムレツは冷めると直ぐに萎んでしまう。
 オーランは温めておいた皿にフライパンを滑らせ、華麗に盛り付けた。
 次の問題は――
「味はどうなってんだろうな」
「ええ」
 これで味に問題があれば料理として大問題になる。
「これをメニューとして出すとすれば、ケチャップやホワイトソースを添えるのですが」
「掌破に添え物など必要なし!」
「それもそうですね」
 納得し、とりあえずそのまま食べてみようと手を伸ばした。
 の、だが。
「おや」
 忽然とその皿は消えていた。
「もーらい!」
「あっ、ポラ子!」
 皿を持っていたのはポラリスであった。
「へっへっへ、これが新作料理だね! ファイトもずるいね、お先に食べようだなんてさ!」
「ポラリス様、それは――」
 オーランが止める間もなく、彼女は「はむっ」と満面の笑顔でスフレオムレツを口に運んだ。
「……」
「……い、いかがですか、ポラリス様」
「うーん」
 彼女は不思議そうな顔をして「辛いねえ!」と目を細めた。
「ぴりっとしてるよ、不思議な感覚だね!」
「え、は、はあ」
「もう少し食べたらもっと感想が言えるかも! もっとないの?」
「……」
 オーランは少し考え、「それは試作品ですので。すみませんが、その一皿で終わりです」と詫びた。
「ええ、そっかあ。じゃあ、正式に完成したら、また食べさせてね!」
「はい」
 ポラリスは厨房から飛び出しながら「何かね、オムレツだったよ! 辛いやつ! ふわふわで!」と外で待っているであろうノメァとアヴニールに報告していた。
「ポラ子の奴、とうとう掌破の偉大さに気づいたか」
 ファイトはうんうんとう頷き、実に満足そうであった。



「それで、出来上がったのがこれなんだね」
 アヴニールはもぐもぐとソレを口にしていた。
「はい、スフレオムレツ・サルサソース添えです」
「うん。香辛料がぴりっとしてて美味しいよ」
「お褒めに預かり光栄です。」
 オーランは深く礼をする。
「……ところで、ポラリス様のお姿が見えませんが」
「ああー、何か、お腹痛いんだって」
「……おかゆをお持ちしますね」
「うん。……ところで、オーラン」
「はい」
「なんか、隠し事してない……?」
「……」
 竜の口が、自嘲気味に開かれる。
「いいえ、何も」



end...?


  • 最終更新:2016-09-14 23:36:21

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